読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ohi-sama’s blog

晴れときどきPerfume

Perfumeは愛を歌うか

Perfumeだけの問題ではないけれど、日本語の「愛」って中身が何なのだろうと常々思う。

 

恋の運命は 愛の証明は 二人の航海と 何かが似ているかもねBaby cruising Love
甘い恋と愛を描いて キミのこと虜にするの(Magic of Love)

ここで歌われている「愛」ってどういうこと?と説明を求められても、答えようがないです。
本来なら「恋愛」と一括りにできるものを、曲に合わせるために、恋と愛に分けたくらいのもんでしょう。中身なんかありゃしない。

中田ヤスタカは全般的にそうですが、単語に対して一義的な意味を与えない。特に、
愛はポップミュージックの最大のテーマとも言えるのに完全無視。
 
ちなみに、初めてPerfumeに「愛してる」と言わせたのは、ご存知、コンピューターシティ。
 
完璧な計算で造られた楽園で ひとつだけ うそじゃない 愛してる
 
主人公は誰かに恋をしている。でも、具体的な関係は何もわからない。
だから「愛してる」と訴えるほどに、相手との空間は広がっていくような気がします。人間関係の接点がないわけですから。詩だけを読めば、不安感・空虚感の歌ですよ。
 
もっとも、これで気持ちがほっこりする人もいるとは思うんです。Perfumeもはじめてヤスタカの曲が好きになって、学校にポスター貼らせてもらったと言ってますし。
でも、それって詩を読んだり聞いたりした人が、自分の体験に照らして具体的な彼氏彼女をイメージできるからじゃないかなと。
つまり、詩の内容と個人の体験とが別々に並行に存在して、そこに音楽が加わることで言葉の解釈を変えているのだと思います。
そこが言葉と音楽を合わせる魅力でもありますが。
 
絶対故障だ てゆうかあり得ない
ボクがキミの言葉で悩むはずはない
 
ボクは壊れるほどにキミを想っているよ。
でも、なぜ好きになったのか、相手がどんな人なのか。人間関係を形作る根本が決定的に欠落してますよね。
だから、永遠に手が届かない相手への叫びのようも聞こえます。
 
この情報量の少なさは、同じコンプリートベストに収録された wonder2 と比較すると際立ちます。
 
つまらないって顔して いつも目を合わさない
何か少し褒めると ハニカミ笑いのキミ
 
「好きとか言葉はないけど」ですから、単語で端的な表現はしないです。
でも、情景がありありと目に浮かびます。幸せな空間が実感できるところが、この詩の真骨頂。こちらの方が愛情表現としては優れているのではないでしょうか。
 
対して、コンピューターシティ。
微かに残る「記憶と記憶の間 たどって」わずかな抵抗を主人公は試みます。
 
誰も見たことのない場所へ
夢の中で描いていた場所へ
ありふれたスピードを超えて
 
この表現ってどうなんでしょう。このあと、ガッガッとビートが前に出てきますから力強い印象を受けますが、言葉を順を追って解釈すれば、涙が出てきそうな距離感からくる心細さがありますよね。
 
結局、コンピューターシティでいうと、①単語のもつ強さ、②文としての解釈、③歌詞と組み合わされたときの音楽、これらに相反する要素があって、なおかつ並行して進行しているという構造があるように思います。
 
もう一つ、コンプリートベストでは「愛」という単語を使った詩があります。
 
愛の前に 悩まないように 後もどりなんてできない
今も大切なあのファイル そっと抱えたあのまま
I still love キミの言葉が まだ離れないの
あの日あの場所で 凍りついた時間が
逢えないままどれくらい たったのかきっと
手をのばしても もう届かない
(パーフェクトスター・パーフェクトスタイル)
 
惜別の歌です。ここでの愛は、過去の追憶のなかの存在のように思います。
 
ここまで書くと「Perfumeは愛を歌うか」という疑問の所在がわかって頂けたかと思います。
愛って単語は、私の知る限り、Perfumeではプラスの意味合いでは使ってないんですわ。Cling Cling でも使ってますが、イマイチ何を訴えたいのかよくわからないところもありますし。
 
Perfumeの曲で「切ない」という感想をよく聞きます。
これは、肯定的なようで否定的な、永続的でない状態をいうのですから、一端はこのような歌詞と音楽との関係にあるのではないか。
自分はそのように考えてます。