ohi-sama’s blog

晴れときどきPerfume

読者からの宿題

序 宿題来たる

とらやぎさんからの宿題で、GYAOで公開されているMV観てきゃりーの感想文を書けと云うのがあったんですが。わたくし、その動画見つけられなくて。まあ、おなじきゃりーだからということで、2012年の武道館の方観ました。


きゃりーぱみゅぱみゅ 「きゃりーANAN」(ライブ ver.)|無料動画 GYAO!|音楽

 

その1 音のスカスカ感はなんだ?

配信だから音質悪いのかと思い、CDはリッピングして持ってたので聞き比べてみるんですが、PerfumeはLEVEL3から一気にレベルが上がるんですね。

「音に色がつく」言葉でうまく表現できないんですが、音で情景を表す。音楽だから当たり前じゃないかと言われるかも知れませんが、単なる音符の置き換えでない具体性を持った音なんですよ。

ヤスタカは作曲家なのですが、同時に演奏者でもあるわけです。で、きゃりーは最新作ピカピカふぁんたじんでもその域には届いておらず。音の厚みは同じくらいまできてますが。

絶対に今回のリミックスの件で彼は納得してないだろう、はらわたが煮えくりかえっているはずと推測。

 

その2 舞台設定を作り込みすぎ

第一印象

観客に想像の余地をあたえない。やりたいことは全部詰め込みましたという意気込みはわかるけど、観ている方はおもしろくない。

二十歳の女の子が幼稚園児の格好して金髪にして遊園地の世界にいれば、みんなきゃりーだねと。そのくらいキャラクターを固めてしまって、しょうがないからバックダンサーに動物の着ぐるみきせて踊ってもらうんですが、だからどうしたのかと。

この設定でいろいろ歌うのですが、舞台設定が全く生きてこないのですよ。世界観を固めすぎて、歌にあらたな意味を加えたり、発見があったりというのが出来なくなってる。どこまで行っても幼稚園の世界ですから、それ以上にはなりませんよね。

ロゴスの世界

これは、彼女の頭の良さが悪い方向で出たのではないかと推測する。全て物事を因果関係で運ぼうとするからこうなるのです。

Aという舞台設定をすればAだと人は思うだろう、Bという衣装をつくればBだと人は思うだろう.

実体を離れて記号化された世界にいるんですよ。きゃりーの想像力のなかで客は楽しめばいいと思ってしまっている。

だから観てる方は想像力をはたらかせる余地がない。Cling Cling の美術監督のようなタイプとはウマが合うと思われます。

 

でもね、Aという歌詞だが、人はBだと感じた。Cという振り付けをしたが、人はDのことだと感じた。

こっちの方が楽しくありませんか?間違いとかゆらぎとか曖昧さは必要だと思いますね。絵で言えば、水墨画。空間に意味がある。

時間の芸術

考えてほしいのは、音楽で休符がなかったらどうなるか。

音がない部分も音楽のうちなんですよ。音を出さないのが演奏なんです。だから、音楽の三要素、リズム、メロディー、ハーモニーで、上級者ほどリズムが大事だという。無をつくるほど難しいものはないからです。

わたしが以前入りびたっていたブロガーさんの名言によれば「音楽は時間の芸術である」。有と無の駆け引き、バランス、繰り返し。そこに空間ができる。それを楽しむのが音楽。

Perfumeのダンスも一番美しいのは動きを止めた時。このお嬢さん方は間違いなくきゃりーよりぼんくらですが、大事なところは解ってらっしゃいます。

ライブの問題点もそこに集約されます。

 

その3 結論として

いまはいいが、数年後はきびしくなってくると思われます。どこまでも理詰めで行くのが良いわけではないことの一例です。

と、かなり辛口ですがそう思ってしまったんだから、そう書きます。感想文なので。

また、観たら感想変わるかも知れませんが、第一印象としてどうなのかということも大事でしょうから、手を加えず有りのままにしました。

こんな感じで宿題よろしいですか?