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ohi-sama’s blog

晴れときどきPerfume

なぜ「僕とキミ」は死語になったのか

あんどれい総研さんより

「僕とキミ」研究序説 あんどれいサイド - Perfume ホイ・ホイ ( あんどれい総研 )

 

Perfumeの詞にある 僕と君 という人称代名詞、なんか変、
私は、日頃そんな風に自分と相手のことを呼んだりしませんし、

私の周りの人たちも、そうなのです。

 

言葉には、話し言葉と書き言葉があって、前にも書きましたが「僕とキミ」は幕末期の流行語で、当時は話し言葉でした。ところが、流行は廃れて誰もそんな言葉遣いはしなくなるのですが、なぜか書き言葉としては今日まで命脈を保っていて、特に歌詞ではいまだに多用されています。
では、「僕とキミ」は、なぜ話し言葉としては廃れてしまったのか。

 

「僕とキミ」と「私」との最大の違いは、社会への従属性の有無です。「私」の対義語が「公」であることは小学生でも知っています。しかし、「僕」に対義語はありません。あえて言えば「君」でしょうが、「僕とキミ」というとき君主と臣下という意味は完全に取り去られています。

あんどれい氏が「自分のことをそんな言葉で呼ばない」というのは、社会性がある人間なら全く正しくて、その世界の秩序に従っているが故です。もう一つは「キミ」と呼べる関係の人間が不在だということです。

 

「僕とキミ」が成り立つには、自由にものが言える、相手を平等対等の人間と扱う、現実の社会秩序に問題意識を持っている、新しい世界がどこかにあると信じる、友情や恋愛など横の連帯を縦の秩序よりも大切にするという共通認識が必要で、いわば「反社会的言語」だからこそ革命期である幕末に流行したのです。国会でいまだに議員を君付けで呼ぶのはその名残と聞きます。


しかし、志士と言えば聞こえは良いですが、最終的にテロルに巻き込まれ、ろくな死に方をした人間がいません。どこの国もそうなのですが、革命史というのは自由平等友愛を掲げながら、その裏では露骨な権力欲と容赦ない粛正が待ち構えているものでして、リアルに体験した人ほど忘れたい記憶になるのでしょう。
新政府が樹立され、権力が確立されれば「僕とキミ」はもはや通用しなくなるのです。

 

中谷美紀に「砂の果実」という曲があります。これプロデュースしたのが坂本龍一で、彼は学生運動で相当暴れた人間と聞いておりますが、それを狙ってこういう歌詞にしたのかまではわかりません。ただ、「僕とキミ」を歴史的な成り立ちそのままに使うとこうなるという一例です。


中谷美紀 with 坂本龍一 砂の果実 - YouTube

僕のこと誇りにしてるって つぶやいた声に 泣きたくなる今でも
この胸が騒ぐ 悲しい懐かしさで 君を想うたび
あらかじめ失われた 革命のように

 

砂の果実は特殊な例かも知れません。

しかし、「僕とキミ」は世の中の屋台骨としては決して使われない、しかしラジカルな問題を提起する言葉として生きながらえることになります。特に男女の恋愛で互いがまだ世間ズレしていないとき、あるいは潜在的な反社会性を前提とする言葉として「僕とキミ」は脈々と使われ続けます。

 

小田和正 - Yes Yes Yes  オフコース(OFF COURSE)

君が思うよりきっと 僕は君が好きで
でも君はいつも そんな顔して
あの頃の僕はきっと どうかしていたんだね
なくすものは何もない 君の他には

三十年以上前のオフコースの歌「YES YES YES」ですが、しつこいくらい「僕とキミ」。
サビはこんな感じです。

振り返らないで いま君は素敵だよ
僕のゆくところへ あなたを連れて行くよ
手を離さないで

歯が浮くようなラブソングですが、これは「僕とキミ」のもつ純粋性や理想へのあこがれ、閉じた世界観、その反面として、客観性や現実性との乖離という特徴がもろに出た結果と言えるでしょう。


同時に注目してほしいのは、「僕のゆくところへ あなたを連れて行くよ」
主人公が行動に出る、それがプロポーズなのか、駆け落ちなのかは知りませんが、そのとき「君」が「あなた」に変わる。

この歌、最初は自省だけなんですよ「僕が思うよりきっと」ですから。自分の理想や不安を投影しているのが「君」。だから「あの頃の僕はきっと どうかしていたんだね」。

でも、どうしても彼女と一緒になりたかったんでしょう。一歩を踏み出せば、「僕とキミ」の世界で避けていた様々な苦難や悲しみや理不尽に絶えて生き続けねばならない。相手の愛だっていつまで続くかわからない。それでも一緒になりたいから「キミ」という言葉は捨てた。

 

このように考えると、「なぜ僕やキミと呼ばないか」はある程度理解できるかと思います。社会性の中で封印された普段使ってはならない言葉だからです。
だからこそ、心は世のしがらみから自由でありたいという詩の世界で生き延びた。

それゆえ、制約だらけの中で、言葉にならぬ言葉を歌うPerfumeにしっくりときたのではないか。そのように私は考えています。